これであなたも漬物博士「漬物を食べて健康生活を送りましょう」
宇都宮大学名誉教授 前田安彦

漬物は奈良時代の発生当時、出盛期の野菜の貯蔵用だったため20%もの食塩を使って冬までもたせていたことや、戦前の厳しい労働で汗をかき、その食塩補給の意味でやや塩味をきつくする必要性のため、消費者の皆様には今でも漬物は塩分が高い食品と思われています。しかし戦後に家庭での漬物漬込みが減り、漬物は店で購入するものとなると、プラスチック小袋の開発、袋詰めした後の熱湯に浸しての加熱処理や各漬物企業が100m2〜300m2の大型冷蔵庫を作るという低温の積極的な利用によって漬物は大きく低塩への舵を取ります。もちろん、この背景には日本人の労働量の減少で食事における食塩要求量が大幅に減ったことも見逃せません。加えてこの低温の利用は漬込み中のたとえば変色のような化学変化は進行が遅れますし、高塩で野菜を貯えておいて流水塩抜きをして加工する沢庵や古漬では低温低塩下漬といって塩抜きをせずに豊かな野菜風味を残した古漬も作れるというおまけもついてきました。漬物の低温利用は着色料や調味料の使用を大きく減らしているのです。

1. 漬物の低塩状況をみてみましょう

表:漬物の食塩含有量
もし食塩2gを食生活で漬物に割り当ててくれるなら以下の量が食べられます
品名
食塩2g相当
品名
食塩2g相当
甘酢ラッキョウ
2.0
100g
大玉8個 干したくあん
3.5
60g
8切れ
甘酢ショウガ
2.0
100g
中鉢山盛り
4×8cm
塩押したくあん
3.5
60g
6切れ
白菜漬
2.2
90g
中鉢山盛り しば漬
4.0
50g
小鉢山盛り
白菜キムチ
2.4
85g
中鉢山盛り 胡瓜醤油漬
4.0
50g
小鉢山盛り
水茄子漬
2.4
85g
中型2本 古高菜漬
4.5
45g
小鉢山盛り
野沢菜漬
2.4
85g
小株1個 福神漬
4.5
45g
1/3袋
奈良漬
2.5
80g
大8切れ 味噌漬
6.0
35g
4切れ
べったら漬
2.5
80g
厚切り6切れ カリカリ小梅
10.0
20g
10粒
広島菜漬
3.0
70g
中鉢軽く 調味梅干し
10.0
20g
中粒2粒
食塩2gはインスタント味噌汁1杯分ですし、インスタントラーメンは食塩6g以上あります。日本人は1日12gの食塩をとっていますから、この表を見て1〜2gの食塩を漬物に割り当ててやっていただけると豊かな食生活になります。

2. 漬物は軽い酒と並んで「食生活の疲れ」を癒す食品です

古く大佛次郎、獅子文六のような食通といわれた文士から、近くは日本に本格的フランス料理を移入定着させた辻静雄に至るまで、一様に究極の食事として「漬物で白い飯が喰いたい」と語っています。
現代の食生活はスキヤキ、豚カツ、酢豚、鶏の唐揚げ、シチューに代表されるコッテリ系の濃厚調味、油脂過剰の食卓すなわち常在ご馳走による「食生活の疲れ」を感じさせるほどぜいたくになっています。そして人々は食膳に軽快なビール、梅酒、氷結に代表される果汁アルコール飲料のような酒類と、美しい緑・白・黄の3色対比の切り口を見せる白菜漬、紺から紫赤色の茄子調味浅漬、グリーンのいささかのかげりもない高菜、広島菜、野沢菜という日本3大菜漬の漬物というフレッシュ・アンド・フルーティを並べることにより「食生活の疲れ」を癒し食欲を増進してきたのです。入院中の患者さんの食膳に、1gの食塩でよいので漬物に割り当ててくれる病院栄養士の英断があれば白菜漬、茄子調味浅漬を食べさせることができ、病人も食欲がわいて元気になるのではないでしょうか。

3. 漬物の健康性・機能性

美しい浅漬や新生姜のような特殊製法の古漬が食欲増進という非常に大きな健康性・機能性を示す以外にも漬物には健康な生活を送るための成分が多く含まれています。その代表的なものを見てみましょう。

(1) 食物繊維
食品に含まれる健康によいと言われる成分は21世紀に入って有効性の証明が世界的に厳しくなってきています。これまでは微生物やネズミで実験して効果があったら良かったのですが、今では何万人かのヒトを使ったコホート(集団)実験で調べる必要があります。食物繊維も非常に多くの国の多くの研究者のコホート実験でようやく効果が認められつつあります。漬物は食物繊維を山牛蒡漬7.0%、高菜漬5.2%、茄子しば漬4.4%、干したくあん3.7%、甘酢ラッキョウ3.1%を含み、変わったところではすぐき漬5.2%、日野菜漬4.7%を示しています。食物繊維は腸内のビフィズス菌の生育増進、便秘解消、消化残存物の腸内通過時間の促進による有害物質の接触ガンの抑制などの効果があります。
今は野菜の摂取をサラダに頼っているところが多いのですが、漬物は野菜を圧して作るので食物繊維、次に述べる硫黄化合物などの成分が濃縮されて2〜3倍入りますので効果はサラダの比較になりません。大腸・小腸・食物繊維・漬物と覚えておいてください。

(2) 硫黄化合物
多くのコホート(集団)研究で野菜を食べることによって生活習慣病がのガン、血栓から糖尿病までを防げることが判ってきました。そしてその中心となる成分の硫黄化合物は漬物用アブラナ科野菜の大根、カブ、白菜、漬菜類、ネギ属野菜のニンニク、ラッキョウやキムチに使われるネギ、ニラに極めて豊富に含まれていることが判っています。アブラナ科野菜には種々の辛子油が含まれて漬菜の特有の風味を作るとともに健康性を示します。とくに大根の辛味成分の辛子油は硫黄を2つ持っていて、煮れば特有のふろふき大根の香りになり、漬ければたくあんの香りになってガン活性化系酵素の阻害、解毒系酵素の誘導という大きな役を担います。
またネギ属野菜の持つ硫黄を含むアミノ酸は漬物にする工程で分解したとえばニンニクではアリシンになり抗菌性、精力増強や、豚肉などビタミンB1を多く持つ食品と食べれば安定に効果を示すアリサイアミン(武田のアリナミンA)を作ります。さらに分解するとスルフィドという臭い成分になりこれは癌細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導することが発見されています。この効果はワサビ漬のワサビの辛子油にも存在します。ニンニクの臭気はさらに分解するとトリスルフィド、アホエンというものになり今度は強い血小板凝集抑制(血栓防止)の作用を示してきます。
まったく違う効果としてはワサビ辛子油や大根辛子油に胃ガンの原因となる胃内のピロリ菌の抑制作用が知られています。
漬物用野菜の大部分はこの健康性、機能性の硫黄化合物を含んでいることは、ぜひ頭に入れておいてください。そして硫黄化合物を含まない漬物用野菜は胡瓜、越瓜、梅、ショウガ、茄子でこれらはまた別の機能性を示します。

(3) 乳酸発酵漬物
2006年4月にカゴメがニンジンに接種して作った植物性乳酸菌飲料「ラブレ」は乳酸菌飲料市場のシェアを大幅に変える人気です。京都の漬物すぐきから分離したラクトバチルス・ブレビスの上の3文字を使ったラブレ菌を大量に生育させた飲料で腸管到達によるpH低下による整腸作用、抗活性酸素、免疫賦活、抗アレルギー、抗変異原性、抗ウイルス性を示すといわれています。しかしラブレ菌はすぐきで発見された菌ですから、カゴメに先立つこと12年前に京都の漬物企業(株)西利が健康漬物ラブレ漬6分類・45種類をすでに発売していて漬物の世界では珍しくありません。したがってカゴメも飲料ラブレを「塩を含まない飲む漬物」といっています。
乳酸発酵漬物はラブレ漬以外の京都のすぐき、生しば漬もあり、さらにぬかみそ漬を食塩6%・水分60%くらいの低塩ぬか床で作り長く置くと乳酸発酵しますし、白菜漬を漬けてちょっと置けば乳酸発酵をしてきます。
乳酸発酵漬物は醤油をかけて食べると「飯泥棒」になることはすぐきを細刻してそのようにして食べればよく判ります。ただ乳酸発酵生成物が酢酸とともに揮発してくる発酵臭を嫌う人が多いので、それが良い香りだと判るまでは抵抗が大きいようです。発酵漬物の乳酸菌の数は一般に発酵乳の菌数より多いです。

(4) その他の機能性
茄子の調味浅漬には美しい紫赤色の色素アントシアニン(ナスニン)に強い活性酸素抑制作用が、また抽出液のガン抑制では他の野菜よりはるかに強い効果を見ています。梅干はクエン酸の効果といいますが、食中毒防止や登山などでたくさん食べた時の疲労回復の大きな効果はクエン酸だけでは説明がつきません。同じくクエン酸を含むオレンジジュースをたくさん飲んでもこの効果は出ません。梅肉エキスのように加熱するとムメフラールという褐変物質が抗菌性を示すのは判っているのですが、梅干は加熱しないのでムメフラールは含まれていません。どうもごくごく微量の青酸の効果とも思われるのですが。ショウガはジンゲロール、ショウガオールなど精油成分の去痰、消炎、保温、発汗作用があり風邪の初期症状に効きます。胡瓜は利尿作用によるむくみの解消があります。

4. 最近の漬物の情報

1997年にキムチがたくあんを抜いて種類としての生産量第1位になりました。そしてその年の12万トンが、年々18万トン、25万トン、32万トン、35万トンと上昇して2002年には39万トンとなり全漬物生産量の3分の1を占めるようになりました。カプサイシンという不揮発性のピリッ(ホット)系辛味とニンニク、ネギ、白菜の辛子油すなわちツーン(シャープ)系辛味の2種を兼ね備える世界唯一の食品です。食欲増進、唾液・胃酸分泌効果、コレステロール値低下効果、ガン細胞増殖抑制効果、活性酸素抑制などのあらゆる機能性をキムチは持っています。キムチは倍々ゲームで売れていったため製造業者も改良を重ね安全安心のすこぶる美味い食品になっています。キムチは簡単なところでは韓国冷麺の具材、ビビンバや冷奴のトッピング、キムチラーメンからキムチチゲと料理にもよく合います。
もうひとつの話題は2007年5月の学会発表であったのですが日本人のDNAは狭い国土の飢餓のため摂取した栄養素は内臓脂肪として一応蓄積しておいてことあるときはこれを消費してしのいでいくようになっているそうです。そのため貧栄養の継続で欧米人に比べて糖代謝のカギとなるインシュリンの分泌も2分の1で固定化されており、ちょっと栄養が過剰になるとインシュリン不足型糖尿病になってしまいます。学会では、今の日本人は欧米型食生活の流入によって油脂の摂り過ぎで過剰の内臓脂肪蓄積を起こして「メタボリックシンドローム」になるということ、その解消に油脂食品の天麩羅やカツ類は美味いが、少し我慢して日本型の「だし」による美味さに部分的にでも切り換えるべきだと結論していました。
「だし」嗜好への回帰は煮っころがしから京のおばんざい、水産練製品・イカ・こんにゃくのおでん、そして究極の和食である「漬物」に至るのです。
長寿のため皆さんは天麩羅、豚カツをどのくらい減らして漬物を食べられるでしょうか。

  宇都宮大学名誉教授
前田安彦
昭和6年1月6日東京生まれ、
東京大学農学部文部教官助手、宇都宮大学農学部教授を経て現在宇都宮大学名誉教授、兼職は全日本漬物協同組合連合会常任顧問、(社)全国漬物検査協会理事顧問、川柳学会理事顧問、
前放送大学講評、前東京都食品安全情報評価委員会副会長

○著書
『新つけもの考』岩波新書
『体にじわりと効く薬食のすすめ』講談社+α新書
『漬物学』幸書房

○表彰
「漬物の化学と製造技術の体系化」で日本栄養食糧学会賞